人間はどこからきて,どこに向かうのか。「人間」とその「発達(Human Development)」は,21世紀の人類社会を読み解き,創造するうえで,最も重要な概念のひとつだ。神戸大学には,人間とその発達についてトータルに研究・教育する発達科学部という,とてもユニークな学部が,全国に先駆けてできた。本書は,こうした発達科学部の全教員が共同で執筆したキーワード集である。
従来,自然科学的な生物種としての「ヒト」,および,人文・社会科学でいう「人間」は,しばしば切り離され,別々に論じられてきた。また誕生から死にいたる人間の発達は,しばしばライフステージ毎に切り離して,個別に論じられてきた。しかし神戸大学発達科学部では,(1) 生物種としてのヒトの生成,(2) 歴史・社会的な主体としての人間の形成,そして (3) 一人ひとりの一生にわたる発達という3つの時空でのHuman-Developmentをトータルに,また学際的に研究している。本書は,こうした発達科学部の研究成果をふまえ,広い視野から,また多彩な分野と方法論において,人間と発達にアプローチした。
本書の初版は2005年4月,刊行された。1年半を経た今日,増補改訂版を刊行できることは,我々にとって大きな喜びである。
本書の増補改訂版は,「ひとの一生とライフステージ」,「人間の形成: 教育と支援」,「行動と健康」,「感性と表現」,「生活とテクノロジー」,「環境: 自然と社会」などの章からなり,総計133項目のキーワードを集成・解説している。人間に関心をもつ多くの読者から貴重なご意見・ご批判をいただき,それらを今後の発達科学のさらなる学的発展に結晶化させることができれば,幸いである。
増補改訂版では,「ナラティヴ・アプローチ」,「科学的認識の形成と人格の発達」,「認知と学習」,「健康増進」,「運動心理学」,「現代社会と数学的思考」,「海と地球環境」,「共生の進化」という8つの新たなキーワードを追加収録した。またそれにともない,事項・人名索引も補充した。新たなキーワードの執筆者は,初版刊行以降,神戸大学発達科学部に赴任した教員全員である。
この1年半は,発達科学部にとって大きな変革の道程であった。
本書初版が刊行された2005年4月,新たな4学科体制(人間形成学科,人間行動学科,人間表現学科,人間環境学科)が発足し,新入生のための必修科目「発達科学への招待」が創設された。
また学部の教育研究体制と密接な関係を有する大学院・総合人間科学研究科の附属施設である発達支援インスティテュートの「ヒューマン・コミュニティ創成研究センター」が正式にスタートした。ここでは,大学が地域や学校,行政,企業等と協働し,人間らしさあふれるコミュニティの創成を目指した,多様な実践的研究が行われている。
市民との交流・協働も,大きく前進した。ヒューマン・コミュニティ創成研究センターのサテライト施設である「のびやかスペース あーち」が開設され,多様な市民と大学のネットワーキング,アクション・リサーチが展開している。「市民の科学に関する大学の支援プロジェクト」もスタートし,神戸の街中でサイエンス・カフェがたびたび開催され,科学者と市民が科学技術の話題について語り合っている。
大学院改革も進み,2007年度より,発達科学部の上に大学院・人間発達環境学研究科(博士前期・後期課程)が設置されることが決定した。この新たな大学院は,心身発達専攻,教育・学習専攻,人間行動専攻,人間表現専攻,そして人間環境学専攻の5専攻からなり,附属施設として発達支援インスティテュートを擁している。
上でも記したように,「人間」とその「発達(human development)」は,21世紀の人類社会を創造する上で,最も重要なキーワードの一つである。神戸大学発達科学部は,人間と発達に関する研究・教育・社会貢献の担い手として「発達」し続けている。本増補版の刊行もまた,こうした発達科学部の知的挑戦の一つである。
(浅野 慎一)