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社会貢献レポート [2008年度]

Table of Contents

「神戸」とファッション文化研究


平芳 裕子

(所属: 人間表現専攻 人間表現論講座、研究分野: ファッション文化論)

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神戸ファッション美術館学芸員の百々徹先生による特別講義。
服飾資料の見方・扱い方について解説していただく。

発達科学部F棟の最上階にある私の研究室の窓からは、神戸の港の風景が一望できる。ちょうど六甲山の麓から眺める視線のまっすぐ先にあるのは、六甲アイランドだ。ここには昨年開館10周年を迎えた「神戸ファッション美術館」がある。その名が指し示す通り、同美術館は「ファッション」を中心に収集・展示を行う全国で唯一の公立美術館である。今でこそ、芸術志向の強いファション・デザインの作品や、服をテーマにした芸術作品が美術館で展示される機会は増えたが、同美術館の設立はそのような動向を先取りしていた。それも開港とともに古くから洋服関連産業の発展した神戸ならではである。「ファッション都市宣言」が神戸商工会議所でなされたのは早くも1973年のことであった。

以来、1974年には神戸ファッション・コンテストが開催され、ポートアイランドにはファッション関連企業の集結した神戸ファッションタウンが形成された。1997年に六甲アイランドに開館した神戸ファッション美術館も「ファッション」によって地域・産業の振興を図る神戸市の施策の成果の一つと言える。そして行政のみならず、地元企業やショップなどが多数参画し、年に二回行われる「神戸ファッション・ウィーク」も恒例イヴェントとなりつつある。様々なブランドが出展する神戸コレクションには、若い女性に絶大なる人気を誇る有名ファッション誌のモデルたちが出演し注目を集める。そういった街の活況の傍ら、「ファッション」を大学名に加えた私立大学や、ファッション・デザイン学科を新設した女子大学も登場した。私が神戸大学の発達科学部で「ファッション文化論」を担当するようになったのも五年ほど前のことである。

それでは多くの大学がデザイナーやクリエイターとして「ファッション」を発信する側の人材を養成しようとしている「神戸」において、とりわけ文化としての「ファッション」を研究し教育することの意義はどこにあるのだろうか。実のところ私自身の研究は、実生活のなかで着られる衣服や、毎年めまぐるしく変化する流行そのものを直接の研究素材としているわけではない。もっぱら女性誌やファッション雑誌、日記や物語、歴史書・理論書などを通して、近代社会において「ファッション」と「女性性」がいかに取り結ばれたのかについて研究している。「おしゃれ好き」と言えばだいたい「女性」の姿が想像されると思うが、そのようなイメージがいかに形成されてきたのかということに関心があるのだ。最近は古い時代のテクストに囲まれていることも多い私に、目に見えた社会貢献を考えることはなかなか難しい。

しかし「ファッション」が地域の人々や産業と密接な関わりを形成してきた「神戸」だからこそ、ともすれば実社会では看過されがちな歴史文化研究も更なる意味を持つと思うのだ。今日のファッションをとりまく習慣や常識の多くが西洋の近代に形成されたものであることは、意外にも若い世代にはほとんど知られていない。時には神戸の財産を十分に活用し、美術館学芸員の方々とも積極的に連携しながら、実際の服飾資料の見方・扱い方について講義していただくことも重要だ。おしゃれ好きの学生たち、とりわけファッションならびに関連企業にそろそろ就職し始めた卒業生たちが、近現代のファッション文化に対する深い見識を備えて、「神戸」のファッション産業で活躍し、その発展に寄与してくれることを期待するばかりである。

障害のある子どもの療育活動と保護者への教育相談

中林 稔堯
(所属: 心身発達専攻 人間発達論講座、研究分野: 発達障害)

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20年ほど前から、障害のある子どもの療育活動と保護者への教育相談を行なっています。場所は、JR神戸駅南側の徒歩5分程度のところにある神戸市総合児童センター (通称: 『こべっこランド』) 4階の「育成室」で、土曜日に指導スタッフとして学生、院生、現職の特別支援教育を担当している教員及び理学療法士や作業療法士、臨床心理士など専門職の方々の協力を得ています。この活動は、神戸市社会福祉協議会の事業の一環として行なわれているために、保護者の費用負担はありません。

保護者への教育相談は、主に神戸市子ども家庭センターからの紹介や神戸市立就学前障害幼児通園施設に在園している保護者を対象に行なっております。多くの保護者がわが子の療育活動参加の希望のために来談されたり、子どもの発達や障害についての相談、日々の生活習慣についての家庭指導に関すること、また就学や学校生活についての相談などがあります。半年間の療育活動を受けて終了後にも、家庭生活や学校生活などのことで相談に来られる保護者もおられます。

私どもの療育活動の課題として、その一つに指導スタッフの確保と養成があります。一定の発達、セラピー理論に基づく専門的な知識や指導技術を本来必要としますが、まだまだその養成には不十分な面があります。 二つ目として療育対象児の在籍している保育所や幼稚園、通園施設や学校との連携をどう図るかです。子どものよりよい発達を促すために私どもと家庭、そして在園機関の連携が不可欠です。さらに、三つ目として療育活動は土曜日に行なっていますが、子どもの発達促進、障害の軽減を考慮すると1週に2回から3回の適切な指導時間を確保する必要があります。これらの課題を抱えていますが、私どもも土曜日の『こべっこランド』での指導を楽しみにして取り組んでいます。

学習者の多様化への対応

川木 冴子
(所属: 人間形成学科 教育・学習論講座、研究分野: 日本語学)

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著者近影

近年、日本語教育界では、学習者の多様化に応えられる教育のあり方について、盛んに論議されています。元々あった個人的特性のバラエティーに加えて、特に最近の傾向としては、学習者のニーズが多様化したということがあります。このような学習者に目を向ける中で、現在、私は以下の二つの活動に関らせて頂いています。

一つは、「今までとは全く違ったタイプの教材作成」の試みです。「日本語で書かれたものを読みたいだけ」、「半年しか勉強する時間が無い」など、到達目標や学習期間が様々な学習者に対して、これまでのように、一律に、従来のエリートの為の方法 ―専門の研究が出来るような日本語力の獲得のために何年も日本語学習に費やす方法― を用いたのでは、効果的な教育は行えません。私の参加するグループの試みの特徴は、四技能 (聞く・話す・読む・書く) を全く別々に学べる教材であること、初級から生の日本語教材を使用し、初級なりに何らかの情報を取れるように誘導すること、などです。web化されて、海外からもアクセスして自習できる教材になるのは、まだ数年先の予定ですが、現在は、教材の大量生産に移る前のモデル教材作成と、紙媒体の試作品を身近な学習者に提供している段階です。

もう一つは、国内の学習者多様化として、今、最も早く適切な対応が望まれている「年少者の日本語教育」への協力です。入管法の改定に伴う外国人労働者の増加は、公立の小・中学校にその子弟を多く送り込むことになり、現場の教師たちに大きな負担を強いることになっていますが、子どもたちも“授業についていけない”などの辛い体験をすることになっている、というのが現状です。この問題については、2003年に県の要請で現状の調査を行って以来、留学生センターの先生を中心として、子ども達の日本語教室への助言、先生方への講演など、様々な支援・協力が行われてきました。私がこの活動に参加させて頂くようになったのはごく最近で、これまでは教材の検討などの後方支援のみでしたが、今後、様々な形で協力できる機会が増えていくであろうと思っています。

「語り聞く」 ―物語の実践


森岡 正芳

(所属: 心身発達専攻 人間発達論講座、研究分野: 臨床心理学)

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大学に社会貢献が積極的に求められるようになって久しい。大学は社会と切り離されて存在しているのではない。大学に蓄積された知と技量はいずれかの手段で社会に還元されねばならない。考えてみれば当然のことであるが、大学に長い間奉職しながら、社会貢献をするというイメージはいまだつかみがたい部分がある。臨床心理学、カウンセリングを専門として生業を立てているのに何を言うのかと問い詰められそうだが、私たちの仕事が社会のどういうところに役に立っているのだろう。この疑問はいつも残る。

少し前になるが、県の臨床心理士会の幹事として、臨床心理士たちの被害者支援全国研修会をお世話したことがある。事故、災害、犯罪に巻き込まれた被災者、被害者およびその家族に対する心のケアは、新聞などでよく報道されているように臨床心理士たちがよく活躍している。たしかに臨床心理の仕事としては見えやすくわかりやすい。ある被害者家族の会の代表の人と、研修会の前日打ち合わせで席をともにしたときにうかがった次のような言葉が今も印象に残っている。「たとえば臨床心理の人と話をしていて、トラウマやPTSDという言葉が連発するけど、あれは困るんです。私らのことをそういう診断名で名指しされるのはとてもかなわない。」PTSDという言葉は医学、心理学の専門用語である。自分たちが被った出来事を、何かの学術用語でくくられてすまされるわけにはいかないと強い口調で訴えられた。そのような言葉による理解の早さと、当事者が求めているものとは大きな亀裂があるのだ。当事者の体験はトラウマという言葉でもって代表され、固定した実体として扱われてしまう。

それでは自分が被った出来事を既成の専門用語を使わずに、自分の言葉で伝えていくことをはじめるとしよう。しかしそれはそれで大きな困難にぶつかる。会話の場でそのつど相手に対して、自分の体験をたえず新たな言葉で立てていかねばならない。これは話し手にとても負担を強いる作業でもある。できたら私たちはそのためのお役に立ちたい。どのような方法があるだろう。私たちが今取り組んでいるナラティヴアプローチすなわち物語の実践は、このような問題意識から始まっている。

何かの出来事を思い出すときや、さらにそれを誰かに語るときは、いくつかの場面を組み合わせ、何かのつながりをもったものとして筋書きをつけていく。これが物語である。生活の場のさまざまな局面で私たちは物語を育んでいる。人の行動を理由づけ説明するのに、私たちはそれと意識せずに物語を運用している。

大切なのは、話を自分のことのように楽しみ、聞いてくれるだれかがそばにいることだ。人が関心を持って聞いてくれると、物語はさらに生き生きとしてくる。聞き手も相手の物語づくりに参加している。このような物語のはたらきを積極的に対人援助や、心理療法に役立てようとする実践が注目されている。

私たちも、病気や障害を抱えた人たちの体験の聞き取りを院生、学生たちといっしょに行っている。戦争、災害、事故、事件などの体験はそんなに簡単に語れるものではない。しかし、一方で語り継いでいこうという動きもさまざまな現場で生じている。こういった実践は一人でやれるものではない。よき聞き手を育てていくことも私たちの役割であろう。

運動・スポーツの汗に貢献すること


高見 知至

(所属: 人間行動専攻 人間行動論講座、研究分野: 運動心理学)

私の専門は「運動心理学」、近年拡大している応用心理学の一端ではあるが、何よりも運動・スポーツを行っている人、指導している人、また観ている人々の行動や気持ちを直接の研究対象としている。そのような者が社会貢献の道を模索すると、おのずと答えは一つ「運動やスポーツで汗をかいている現場に貢献すること」になる。以下では、今まで自分に何ができてきたのかを振り返りながらレポートしたい。

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写真1: 休憩時間の質疑応答

まず、運動・スポーツ指導者への貢献には積極的に関与してきた。現在さまざまな種類の指導者資格があり、それらの資格の取得や更新には実技と理論の研修が義務付けられている。そこで私が担当しているのは、運動・スポーツ心理学に関する講習である。これまでに神戸市中央体育館が主催した健康運動実践指導者講習会や日本障害者スポーツ協会認定中級指導者養成講習会、日本体育協会上級指導者養成講習会などの講師を務めてきた (写真1)。どれもほぼ2~3時間の講習ではあるが、準備に気合が入るし当日はとても緊張する。なぜならば相手はまさしく運動やスポーツの指導現場で日々尽力している方々である。言い換えれば、私の研究対象となる運動やスポーツの現象を生み出してくれている人たちでもある。そのような方々に向かって話す以上は、必ず「今日の話は面白かった。」「明日から役立ちそうだ。」と思ってもらいたい。私にとっては大学で教鞭をとり研究に従事する自分のアイデンティティが試される場なのである。

毎回必ずしも上手くいくわけではないが、休憩中や終了後に質問に来てくれるととても嬉しいし、時間を惜しまず付き合っている。また整体院を開業している受講生の方が自身のHPブログの中で有意義な講演だったと書いてくれたことがあった。そんな時はまさしく社会貢献の充実感を持てる瞬間である。今後も講師要請には積極的に応えていきたいが、まず第一に自分の研究で講演内容を構成できるようになることを目標としたい。

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写真2: ゼミ生の笑顔も思わぬ収穫

また以前、本学附属明石幼稚園の研究会でも講師を務めた縁から、県内の幼稚園の研究事業に指導助言を行っている。研究テーマは「一人一人のよさを生かし、からだを動かす楽しさを実感する子どもをめざして」で、研究期間2年の長丁場である。やはり、引き受けた以上は自分の研究や野外教育歴すべてを駆使して、目の前の園児やお母さん方の笑顔に貢献したいと思う。さっそく2008年11月に母親向け講演会とゼミ生による親子運動遊び教室を行ってきた (写真2)。そのほか、兵庫県教育委員会ひょうごスポーツ促進委員会メンバーとしてファミリースポーツ振興策の基礎資料作成に加わる機会にも恵まれている。

以上、ささやかな社会貢献ではあるが、地域や学校、ファミリーでスポーツに興ずる姿が少しでも増えていき、その結果、最近の暗いニュースが一つでも減ってほしいと願っている。

身体運動制御と子どもの遊び


河辺 章子

(所属: 人間行動専攻 人間行動論講座、研究分野: 運動生理学)

私の専門分野は、身体運動制御 (Motor Control)、つまり、ヒトの身体運動がどのようなメカニズムで発現しているのかということを解明しようする分野です。

この分野はいわゆる運動・スポーツ科学の中でも扱う人は少なく、世間的にはあまり知られていません。運動は身体で行うものであり、技術はからだが覚えるものと思われることが多く、ヒトの運動のすべてが脳や脊髄 (=中枢神経系) によって制御されていると説明しても、俄かには信じがたいといった反応が一般的です。

また、運動というと走・跳・投などの基本的な動作やさまざまなスポーツを思い浮かべがちですが、眼球運動、顔の表情、口・舌の動き、喉頭の筋の動きなども手足とほぼ同じ仕組みで動いていますので、広義にはこれらもヒトの随意運動に分類されます。しかし、言語を発することや眼を動かすことを運動だと説明なしに言うと、ほとんど受け入れられることはありません。私たちは多くの場合、意識せずに身体を動かしているため、「勝手に身体が動く」、「筋肉が勝手に身体を動かしている」というように思い込んでいるのです。

このような無意識に身体を操ることができる能力を私たちはどうやって身につけるのでしょうか?

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図: ヒトの運動発達のピラミッド

私たちは自分の意志で移動することができない状態で生まれてきます。そこから約1年で直立二足歩行を獲得し、徐々に走る、跳ぶなどのダイナミックな運動や、物を握る、言葉を話すといった小さな筋の精細な動きまでの基本的な動かし方を学習していきます。就学頃までにこれらの基本的な動作が十分に獲得されていますと、その後のもう少し高いレベルの運動が容易に獲得できるような仕組みになっています。幼児期に多くの運動パターンを経験し、学習し、記憶しておくことが非常に重要なのです (図参照)。

また、運動に関与する脳の領域はとても広く、運動をすることで脳全体が活性化されます。発達途上の子どもたちの脳にとって、運動は非常に有効な刺激となるわけです。それなら多くのスポーツを子どもに経験させようと、いろいろな種類のスポーツクラブで指導を受けるというやり方も見受けられますが、就学前の子どもたちなら、クラブなどでの強制的な練習よりも、子ども自身が心から楽しめること―つまり、『遊び』の中からさまざまな基本的運動を自然に学んでいくことが大切だと考えています。一見、運動に関係がないように思われる遊びにも、基本的な運動の要素が多数含まれています。楽しみながら知らず知らずのうちにさまざまな運動プログラムが脳内で構成されて、次の段階の運動の獲得が容易くなっていくのです。

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自由な発想で斜面を利用して遊ぶ子どもたち
(斜面にいることだけで、知らないうちに平衡感覚を養っている)

このようなお話を、機会があれば幼稚園などでお話させていただいています。最近では、11月に附属明石幼稚園で開催された幼児教育を考える会 (今年度テーマ: 子どもにとっての遊びの意味を問い直す) で「運動的な遊びの意味を探る」というテーマでお話をさせていただきました。

このような運動の仕組みに関する知見を少しでも多くの方々に知っていただき、運動やスポーツの学習や指導に少しでも役立てていただくことが私の社会貢献のひとつだと思っています。

常に社会に役に立つ研究を


石川 哲也
(所属: 心身発達専攻 人間発達論講座、研究分野: 健康政策)

「研究は常に社会に役に立つものを」が私の研究姿勢です。

私の専門は、「健康政策学」です。その中でも、児童生徒の健康の保持増進 (一次予防) に焦点を当て、学校環境衛生及び健康教育 (喫煙・飲酒・薬物乱用防止教育、性教育) について研究しています。

1. 学校環境衛生

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研究領域の一つは、ダニの研究です。ダニは、喘息をはじめとするアレルギーの原因とされています。喘息を起こすダニは、ヤケヒョウヒダニとコナヒョウヒダニです。またこれらのダニは人の皮膚などを餌にしているため、ヒトの住んでいる所に生息しています。喘息などのアレルギー症状の発症を抑えるためには、ヒトの住んでいる環境のダニの濃度を低く抑えることが大切です。そのためには、環境におけるダニのアレルゲン濃度を知り、濃度の高いところのアレルゲンを取り除く必要があります。これらの測定には、ダニを採取し、匹数を数えるか、酵素免疫測定法がありますが、手間がかかったり、高価な機器を必要とするなど、一般的には測定が不可能でした。私の研究室では、簡易測定法として開発された「マイティーチェッカー」が、学校環境で利用できることを確認し、学校環境を測定したところ、保健室の寝具やカーペット敷きの教室などから多くのダニアレルゲンを検出しました。児童生徒は、一日の3分の1を学校で過ごすため、学校においてもダニの衛生的な管理が、必要であることが分かりました。これらの成果が認められ、2004年には、文部科学省の「学校環境衛生の基準」に採用され、学校においては、毎学年定期にダニを測定し管理をすることになりました。もう一つの研究は、児童生徒が学校に持参する、水筒の細菌汚染に関する研究です。今日、学校に水筒を持参する児童生徒が多く見受けられます。学校の飲料水は、毎授業日に遊離残留塩素の有無などを検査するなど衛生的に管理されていますが、水筒の衛生状態は分かっていませんでした。そこで、兵庫県の小学校や中学校において調査したところ、一万個を超えるような一般細菌や大腸菌群に汚染されている水筒が半数以上あることが分かりました。これらの研究成果は、2006年5月に共同通信から配信され、神戸新聞をはじめとする、全国の地方紙に掲載されました。また、2008年の日本経済新聞にも取り上げられ、水筒持参の在り方に警鐘を鳴らしました。(ただし、掲載の記事のタイトルは正確ではありませんが)

2. 性教育

学校における性教育は、児童生徒の人格の完成豊かな人間性を育成するために行われます。また、性に対する価値観や態度は、人間に生き方に深くかかわっています。さらに性行動の低年齢化などは大きな社会問題化しています。このため、学校における性教育は、教科を含めた様々な機会に行われています。私たちの研究室では、性教育の在り方、進め方に関する研究を行うとともに諸外国の性教育を研究しています。このような研究は、ありそうであまりありません。このため、文部科学省や都道府県教育委員会など様々な研修会で、講師として講演しています。また、財団法人日本性教育協会の理事として性教育の推進に協力しています。

3. 薬物乱用防止教育

大学生や高校生の大麻の乱用が社会問題となっています。また、覚せい剤の乱用など毎日のようにマスコミで報道されています。このため、薬物乱用防止教育充実が求められています。私たちの研究室では、薬物乱用防止教育に資するため、薬物乱用率の高い欧米の薬物乱用防止教育の研究を行っています。これらの成果が認められ、2006年10月には、台湾行政院衛生省管制薬品管理局に招待され、講演を行ってきました。また、2007年6月には2007 National Drug Control Conference and International Drug Control Symposium (台湾) に招待され、講演をしてきました。文部科学省が作成した、指導資料などにも長年委員長として作成に協力してきました。また、「健康行動教育科学研究会」を創立し、毎年「アルコール健康教育研修会」および「薬物乱用防止教育研修会」を主催し指導者の養成を行っています。今年は、前記研修会は第19回、後記講習会は第18回となりました。受講者も4000人を超えました。これらに関連して、財団法人日本アンチ・ドーピング機構の評議員、薬理部会員として協力しています。

生涯スポーツ研究による社会貢献


山口 泰雄

(所属: 人間行動専攻 人間行動論講座、研究分野: スポーツ社会学・生涯スポーツ論)

私の専門は、スポーツ社会学と生涯スポーツ論です。世界のスポーツ振興政策やスポーツ参加に関する研究を行っています。こういった研究成果をいかに、実際のスポーツ人口の拡大につなげるか、身近で、手軽に参加できるスポーツ環境をどのように創っていけるか、といった課題に挑戦し、社会貢献できるかが私のライフワークです。

1. 世界の“スポーツ・フォー・オール” (生涯スポーツ) の推進

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幼児から高齢者、障害者を含めたすべての人のための“生涯スポーツ”は、国際的には“スポーツ・フォー・オール” (Sport for All) といわれ、誰もがスポーツを楽しむことができる施設・環境づくりと、プログラム開発を進めようとする社会的ムーブメントが展開され、TAFISA (国際スポーツ・フォー・オール協会) が統括機関です。

2008年1月にマカオで開催された「TAFISAアジア生涯スポーツ指導者講習会」の講師として、スポーツ・ボランティアやスポーツイベントに関する講義と演習を行いました。また、ASFAA理事としてアジア・オセアニア地域の生涯スポーツ振興に関わり、調査研究やコングレス講師、研究雑誌の編集を担当しています。

国内では、独立行政法人日本スポーツ振興センターが行っているtoto (スポーツ振興くじ) の収益などの「スポーツ振興助成委員会」委員とワーキング座長を務めています。また、中教審スポーツ・青少年分科会特別委員や兵庫県、芦屋市、伊丹市などにおいて、スポーツ政策の立案やスポーツ振興計画の策定や関わってきました。(参照: 山口泰雄「生涯スポーツとイベントの社会学」創文企画)

2. 総合型地域スポーツクラブの育成支援

2000年から、兵庫県は、「多種目、多世代、多目的、自主運営」という特徴を持つ「総合型地域スポーツクラブ」 (スポーツクラブ21 ひょうご) の育成事業を進め、県内の全827小学校区に総合型クラブが設立されています。私は、事業当初から全県推進委員、調査研究委員、クラブアドバイザーとして、事業のサポートを行ってきました。3本のプロモーションビデオの監修、また講習会やセミナー、シンポジウムに関わり、今では約35万人の会員が多様なスポーツを地域で楽しまれています。(参照:山口泰雄「地域を変えた総合型地域スポーツクラブ」大修館書店)

3. スポーツイベントのフィールドワーク

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神戸大学に着任してから、様々なスポーツイベントのフィールドワークをゼミの学生と共に実施してきました。歩くイベントである「加古川ツーデーマーチ」には、10年間、参加者やボランティア調査を行い、調査報告書を実行委員会へ提出しました。5年前から、スポーツ観光立県を目指す、沖縄の「尚覇志マラソン」と「名護・やんばるツーデーマーチ」の参加者/ボランティア調査を行ってきました。翌年イベントに行くと、問題点が改善され、研究成果が活かされているのをみると、研究者冥利を感じます。(参照: 山口泰雄編著「スポーツ・ボランティアへの招待」世界思想社)

「音楽を考える」磁場から広がる多層的なコミュニケーション


大田 美佐子

(所属: 人間表現専攻 人間表現論講座、研究分野: 音楽史・音楽美学)

1. オーストリア、ウィーンでの取り組みを経験して

音楽を通じた社会貢献に関しては、ウィーンでの留学体験が私に重要な意識変革を促してくれた。留学時期がちょうど20世紀と21世紀の世紀転換期に重なった幸運もあり、マーラー、クリムト、フロイト、シュニッツラー、ヨハン・シュトラウスなどをはじめ、華麗な偉人達に彩られた世紀末文化を回顧する様々な催しで、ウィーンの街中は年中フェスティバルという状態にあった。それらの催しが文化行政に関わる学識経験者やプロデューサーたちの強力なリーダーシップによって、いわゆる「お祭りごと」の打ち上げ花火に終わることなく、学識者、学生、一般市民、観光客などを相互に結び付けるための場を提供し、その地道な努力によって結果的にウィーンという都市自体の「文化力」を蓄積していくというプロセスに学んだことは大きかった。音楽を通した文化力の広がりとは、プロフェッショナルのみだけで形作られるのではない。時代を共に回顧し、音楽を通して今という豊かな時間を感じる喜びを分かち合うことが重要なのである。

2. ローカルな音楽としてのクラシック、そして地域との交わり

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2003年に神戸大学に着任してから、音楽を通じて地域の方たちと交流をする様々な機会を与えて頂き、微力ながらウィーンで感じたことを生かしたいと願っている。クラシック音楽は、芸術としての「普遍性」や「国際性」もあるが、元来ローカルな伝統芸術であるという側面を見過ごされることが多い。そのギャップを埋めるには都市と音楽の結びつきを軸に様々な角度から知識を深め、音楽を聴きながら考えて頂くことで音楽の観賞力が高められるように思う。神戸市シルバーカレッジでは、ウィーンという都市を中心に西洋音楽史を講義する機会をもった。びわ湖ホールZプロジェクトという企画では、ツェムリンスキーのオペラ≪こびと≫の上演に先立ってシンポジウムや関連するコンサートを通じて作品の「多層的な理解」を目指しているプロジェクトに参加させて頂いた。シンポジウムでは埼玉大學名誉教授の三光長治先生、立命館大学の仲間先生、神戸大学国際文化学部の藤野先生とご一緒させて頂き、私自身大変勉強になると同時に、その盛況ぶりに文化への関心をあらためて認識し目を見張るものがあった。また、大阪の城東区カルチャーサロンでも都市を中心に音楽史を語るシリーズで「ベルリンの芸術キャバレー」というテーマでお話させて頂いた。西洋音楽と都市の関係は、都市と音楽の在り方として日本の文化力の問題にもフィードバックできるテーマだと思っている。音楽に対する一般の社会人の方々のもつ「楽しみたい」「もっと知りたい」という素直な気持ちに裏付けられた情熱には、こちらが啓発されることも多い。大学の外での社会貢献とは、大学と社会との双方向のコミュニケーションを構築する貴重な場であると実感している。

取材協力


寺門 靖高

(所属: 人間環境学専攻 環境基礎論講座、研究分野: 環境地球化学)

大学教員の社会に対する貢献は、大学での教育と研究が基本であろうと思うが、とりあえず昨年あった取材に関することを記す。

韓国のソウル放送から六甲山の地質について聞きたいとのことで取材に来られた。六甲山で約3週間遭難し、“焼き肉のタレ”で奇跡的に生還した人の件であった。その当時は、焼き肉のタレで助かったのではなく、体温が下がって冬眠状態になっていて助かったようであると報じられていた。しかし、ソウル放送では、硫化水素を吸うと冬眠状態になることがあるらしく、この人物が倒れていたところで硫化水素が発生していてそれを吸ったために冬眠状態になっていたのではないかと考えているとのことであった。実は、根拠があって、米国の研究者らがサイエンス誌に論文を発表しているとのことであった。すなわち、マウスを、80ppmという微量の硫化水素を混ぜた箱のなかに置いたところ冬眠のような状態になり、もとの部屋に戻すとまた普通に活動しだしたということである。硫化水素は有毒であって温泉や火山の近くでは硫化水素を吸ってしまい事故になるケースもたまにはあることで、遭難した場所の近くには有馬温泉や鉱泉があるので硫化水素が発生していてもおかしくはない。また、有馬温泉には「虫地獄」などガスが出ているところが実際にある (ただし、多くは二酸化炭素)。取材はそのような六甲山の地質や硫化水素のことであったが、何分ソウル放送のことであり実際に番組で使われたかはさだかでない。

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六甲山の花崗岩 (御影石)

六甲のおいしい水の件で、神戸新聞から取材に来られた。すなわち、公正取引委員会が景品表示法違反でハウス食品株式会社に排除命令を出した件である。公取委の主張は、2リットルボトルを製造する六甲工場が神戸市西区にあり、商品の容器にあたかも花崗岩のミネラル分が溶け込んだ水であるように受け取れる記述があるが、西区は基本的に花崗岩地域ではないことが問題であった。これについて学術的見解を取材に来られたわけである。実は、私の研究室では六甲山系ならびに周辺地域の河川 水や地下水の水質と地質との関連の研究を行っているので、西区の地下水の水質についてもそれなりのデータを持っていた。それらでは、神戸市灘区の500mLと1.5L用の採水場周辺の地下水の水質と西区の六甲工場周辺のものとの違いは明瞭であった。

桂離宮の庭石などに御影石が多く使われており、桂離宮を整備造営した八条宮家の智忠親王が有馬温泉へ湯治に来た時の日記には、自ら河原で飛び石を見立てたと記されているらしい。桂離宮を扱うNHKの番組で、石工 (伝統工芸士) の西村金蔵さんに桂離宮の庭石に使った御影石の産地である住吉川 (六甲山中) で、石の見立てを紹介してもらうということで、乾石材店の方々と撮影に同行した。御影石は大学の近くの御影から住吉の山手で産出していた石を、大学の横の石屋川の河口から船積みしたものである。御影石は、岩石学的には花崗岩であるが、古くから石材として有名で、例えば黒御影 (斑れい岩) など花崗岩でない岩石まで「みかげ」と呼ぶようになったものである。花崗岩はだいたい白っぽい石であるが、本来の御影石は桃色をしたカリ長石が美しく貴族に好まれたのではないかと思われる (A棟玄関内の上がり口の段差のところの石を参照)。住吉川は断層地帯でかなり大きい谷状になっている。また、川沿いに崖錐や段丘堆積物があり、それらに御影石の礫が多数含まれている。それらも含めて住吉川の谷底に飛び石や石垣に使えそうな御影石がたくさん溜まっており、まるで貯石場と言ってもよい様相を呈していることが歩いてみると良くわかる。以上

住宅再建の手伝い


平山 洋介

(所属: 人間環境学専攻 環境形成論講座、研究分野: 住宅・都市計画学)

「私はこんな社会貢献をしています」という原稿を書くように、との依頼。教員全員が書くことになっているのだそうで、ほとんど業務の一環。研究者が研究成果をアピールすることは大切だし、そういう機会は頻繁にある。でも、「社会貢献」のアピールという仕事にはちょっと違和感を覚える。「競争と評価」という改革標語のもとで大学の自己宣伝業務が増大した。そういえば、就職活動中の学生も自己アピールの訓練に勤しんでいる模様。自己顕示の時代が到来したのかな?

業務として何か書かないといけないので、地味な話しを書いておく。震災復興での住宅再建の手伝いの話し。ある街区のグループから住宅再建の相談を受けた。たくさんの住宅が倒壊し、4名の方が亡くなった。現場に行って調べると、敷地が狭い、接道不良 (建築確認が得られません)、おまけに借地……といった具合で、個別再建は不可能で、したがって、共同再建 (みんなの敷地を一筆にまとめて、集合住宅を建てる) しか打つ手がない。それで、共同再建に取り組むことになった。でも、共同再建も不可能に近いと内心で思った。借地がやっかいだし (これはもう、ほんとにやっかいです)、資金調達やら設計やら、課題が多すぎる。先行成功事例はほぼ皆無。

じっとしていてもどうしようもないので、毎週集まって勉強会しましょう、ということになった。専門家チームでみなさんにいろんな話しをして、ささやかな飲み会をする、というだけの話し。でも、仮設住宅から出てきて、集まって、よもやま話しをするという活動は、地震直後の凄惨な状況のなかで、ちょっとした息抜きになったと思うし、「ひょっとしたらなんとかなるかも」という気分を生んだ。でも、専門家側は焦った。どうにもこうにも、未経験の事態なので、どうしたらいいのか、ぜんぜん分からない。私たちの仕事は、内心で「このプロジェクトは激烈に難しい」と思いながら、住民のみなさんには「なんとかなりますよ」と言い続け、ビールを飲んでニコニコしていることだった。専門家だけの裏舞台のミーティングでは「困った、どうしよう」の繰り返しだった。毎週の勉強会・飲み会がえんえんと続き、ずっとニコニコしているのも、けっこう辛かった。

この仕事は、時間がかかったけど、結局、成功した。ひょんなことから突破口が見え、あちこちからアイデア・技術・助力をかき集めた。借地・敷地・接道問題をうまい具合に整理したし、国の補助金も取ったし、完成した建物もチャーミングだし (私の先輩の設計です)、業界筋から注目され、「アクロバット」「画期的」と評された。でも、再建が成功した最大の要因は、被災住民のみなさんが子どもの頃から何十年もいっしょに住んでいて、お互いにきちんと話しができた点にある。それから、技術的に派手なプロジェクトの長い助走として、勉強会・飲み会を続けたという地味な活動が、実は少しは役に立ったかも、と感じる。

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復興の仕事をした人たちは、「社会貢献」とかいちいち言わずに、黙って、走り回って、やれることをやっていた。ハンナ・アレントが「善き行いは不可能である」と書いたのは、「善き行いは、口にしたら、善き行いではなくなる、だから、善き行いが人に知られるのは不可能である」という意味である (うろ覚え引用)。「社会貢献」のアピールは慎みましょう。自身の仕事が社会に貢献したかどうかは、自身ではなく、他者が評価すべきもので、いちいちアピールしなくても、評価はいずれ下される。

国際専門雑誌に関わる仕事と海外研究者との交流


宮田 任寿

(所属: 人間環境学専攻 環境基礎論講座、研究分野: トポロジー)

国際専門雑誌への貢献

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著者近影

私の専門分野は、幾何学の中のトポロジーと呼ばれる分野です。分野の発展には、我々の研究成果を、世界中の研究者がアクセス可能な国際専門雑誌に掲載することが重要で、各国の研究者は執筆者以外の何らかの立場で国際専門雑誌に関わっています。私の場合は、審査委員という形でいくつかの国際専門雑誌に関わっています。通常、研究結果は、「定理」という形で表現され、「証明」という形で定理の正しさが表現されます。審査では、定理の重要性や独創性、証明の正当性やわかりやすさ、まだ証明されていない定理であるか、などをチェックします。分野の発展のためには、研究成果を正しく評価し、世界中に情報発信する媒体が確実に運営されていくことも重要です。最近、審査委員を努めた国際専門雑誌は次の通りです。

2009年からは、Zentralblatt MATH (編集: European Mathematical Society、発行: Springer-Verlag) と呼ばれるレビュー誌のレビュワも務めています。レビューは、一般の研究者に向けて、それぞれの論文が彼らの目的に合ったものかどうかを判断するための情報を与えます。

海外研究者との交流

研究を行うためには、世界でどのような流れがあるかを把握しておく必要があり、海外研究者との交流も行うことも重要です。2007年には、エジプト政府 (Ministry of Higher Education and State for Scientific Research) 派遣の研究者Ismail Ibedou氏 (Benha University) を受け入れ、3ヶ月間の共同研究を行いました。滞在中、講演会や大学院の授業でゲストスピーカを行うなど、学生や教員との活発な交流活動も行いました。フラクタル次元に関する共同研究の結果は、New Zealand Journal of Mathematicsに掲載予定です。

スクイークとスーパーサイエンスキッズ


髙橋 真

(所属: 人間環境学専攻 環境基礎論講座、研究分野: 情報論理学)

スクイーク (Squeak) というソフトウェアをご存知でしょうか。

スクイークは「パーソナル・コンピュータの父」ともよばれるアラン・ケイが開発したプログラミング環境です。オープンソース・ソフトウエアで誰でも自由に使うことができ、Windows、Mac OS X、Linuxなど多くのOSで動きます。スクイークではタイルとよばれるプログラムのパーツを組み合わせてプログラミングを行います。ペイントツールを用いて子どもが描いた車や動物をタイルプログラミングで自由に動かすことができるため、子どもでも簡単・自在にプログラミングを楽しめる環境として、日本各地でスクイークを用いた教育が展開されています。また、100ドルパソコンで話題をよんだOLPC (One Laptop Per Child) にもスクイークの上位互換のEtoysが搭載され、世界各国での普及も進んでいます。

私は2005年1月に放送されたNHK ETV特集「これからの科学、これからの社会~京都賞歴代受賞者からのメッセージ」でアラン・ケイが推進しているスクイークを用いた教育の実践を見てスクイークに関心をもちました。この番組でスクイークの可能性について興味を覚え、学生や院生にも紹介しようと考え、同じ年の夏休みに発達科学部で講習会を実施しました。さらに、多くの方にスクイークの面白さを知っていただけたらと思い、大学院総合人間科学研究科 (当時) のヒューマン・コミュニティ創成研究センター (HCセンター) サテライト施設「のびやかスペース あーち」のオープニング・セレモニーで「スクイークであそぼう」というコーナを作り来場した子どもたちにスクイークを実際に触ってもらいました。一人で対応していたため十分目が行き届きませんでしたが、子どもたちには楽しんでもらえたのではないかと思っています。「あーち」ではその後小学生向けのスクイークのワークショップも行いました。

このような活動がきっかけとなり2005年10月に発足したHPスーパーサイエンスキッズのアドバイザーに就任することになりました。HPスーパーサイエンスキッズは「明日のダ・ヴィンチを探せ!」をスローガンに「世界的なクリエーター / サイエンティストの卵を発見し、その育成をサポートする」ことを目的に、コンテストを開催し、また日本各地で「スクイーク・ワークショップ」を開催しています。私もワークショップに参加したり、コンテストの審査員を務めることで協力をしています。コンテストは1次審査を通過した小学生 (3年以上) と中学生が共通の課題をスクイークを利用しながら解決します。与えられた時間の中で、子どもたちが様々な発想を具体的な作品にしていくのを見ているのは非常にすばらしい経験でした。

HPスーパーサイエンスキッズは2009年2月にスーパーサイエンスキッズとしてNPO法人になり新たな出発をしました。私もいろいろな機会を通してスクイークの素晴らしさを広め、子どもたちが発見し創造することの面白さを知るためのお手伝いをしていきたいと思います。

ひょうご講座に携わって


齊藤 惠逸

(所属: 人間環境学専攻 環境基礎論講座、研究分野: 分析化学)

私の専門分野である「分析化学」は物質のはかり方を研究する学問で、大変地味ですが多いに社会に役立っています。近年、様々な物質による環境汚染が社会的な問題となっています。測るだけが環境ではありませんが、環境問題を議論するためには何がどれだけ含まれているかを測る必要があります。また、最近では「食の安全」に社会的関心が集まっていますが、分析化学はここでも多いに活躍しています。

私が専門とする「分析化学」は多いに社会貢献していますが、私自身が“いわゆる社会貢献”をしているかは別問題でほとんど無縁です。私が多少なりとも社会と接点を持ったことと言えば、取りまとめ役および講師の一人として2003年度の「ひょうご講座」への科目提供に携わったことぐらいしかありません。

私が取りまとめ役を引き受けた2003年度の数年前から自然環境論コースが中心となって「ひょうご講座」の一科目を担当していました。繰り返し受講する人がいるということで、科目内容がこれまでのものと重ならないようにするのに結構苦労しました。色々考えた末、私の専門が分析化学ということもあり「目に見えないもの (微量成分) を見る (測る) 技術の紹介をとおして環境を考える」という意図で科目名を「分子から宇宙まで、環境を見る分析技術最前線」とし、10タイトルを設定しました。実施期間は2003年5月13日~7月15日 (毎週火曜18:30~20:00)、受講対象者は市民一般、場所は兵庫県立神戸学習プラザ (神戸交通センタービル)、受講者数は46人でした。

私が講師として担当したタイトルは「環境中の様々な分子を見分けるには」です。以下にその時講義した内容を簡単に紹介いたします。タイトルには分子とありますがイオンも含めて、私の研究室で行った大学院生との共同研究の紹介を通して分子やイオンの見分け方の一端を紹介しました。

1. 記憶喪失性貝毒ドウモイ酸の分析
1987年カナダ大西洋岸のプリンスエドワード島において初めて確認された集団食中毒以来、中毒の原因物質であるドウモイ酸の様々な分析法が検討されてきました。検査機関において多数の試料の分析をおこなう際には大変な労力を必要とするため、簡便で迅速な分析方法の開発を目的に行った研究です。
2. 土壌抽出液中の陽イオンおよび有機酸の分析
環境問題の一つである森林衰退の原因として幾つかの説が提示されており、その一つとして土壌酸性化説があります。酸性化が進むと、毒性の強いアルミニウムイオン (Al3+) が溶出し植物の生育を阻害するという説です。「どのくらい酸性化が進むとAl3+が溶出してくるのか」を評価するために行った研究です。
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写真1: ドウモイ酸の分析に用いた装置
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写真2: 土壌抽出液の分析に用いた装置

微分積分の入門書


桑村 雅隆

(所属: 人間環境学専攻 環境基礎論講座、研究分野: 応用解析学)

微分積分法はニュートンとライプニッツによって17世紀に創始されたのだが、その萌芽ははるか昔にあったのである。実際、紀元前3世紀にアルキメデスは「取り尽くし法」とよばれる積分法とよく似た方法を用いて平面図形の面積を求めている。彼はアルキメデス螺旋とよばれる曲線の接線を描いたのであるが、その方法は現在の微分法であるといってよい。その後、ケプラー、ガリレイの弟子カバリエリ、フェルマーといった人々によって、回転体の体積の計算法や曲線に接線を引く方法、最大最小問題などが考えられていった。これらの成果を体系化し一般的な方法論としてまとめあげたのがニュートンとライプニッツだったのである。彼らはそれぞれ独立に微分積分法を確立したのだが、その先取権をめぐって激しい論争が巻き起こった。ニュートンのほうが時間的には少しばかり早いようだが、その後の微分積分法の発展に大きな影響を与えたのはライプニッツである。実際、現在の微分積分法で用いられている記号はライプニッツによるものである。微分積分法は自然科学や工学の基礎となり、現在では高等学校でも教えられているが、文系の人たちにとっては大変やっかいでわかりにくいものと思われているようだ。最近の金融危機で少し雲行きは怪しくなったが、経済学や社会科学などの文系分野でも微分積分法が用いられる機会は少しずつ増えてきているようである。そこで、文系の人であっても読める微分積分法の入門書が必要ではないかと思い、1冊の本を執筆した。それは私のわずかばかりの社会貢献である。

平成20年度日本理科教育学会近畿支部大会の開催


稲垣 成哲

(所属: 教育・学習専攻 人間形成論講座、研究分野: 科学教育)

学会関連の仕事を紹介したい。2008年度は、実行委員会事務局として、11月29日 (土) に平成20年度日本理科教育学会近畿支部大会を神戸大学百年記念会館で開催した。本学会は、小・中・高、大学等の教育・研究機関や社会教育施設等における理科教育関係者を中心に組織されたものである。今回の支部大会におけるテーマは「知識基盤社会における新しい教育課程と理科教育」であり、参加者は近畿圏内を中心にした理科教育関係者127名 (一般80名、大学院生・学部生45名、その他2名) であった。

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研究発表は、基調講演1件、口頭発表51件、ポスター発表19件の合計71件であった。基調講演では、テーマにそって、野上智行氏 (神戸大学・学長) による国際的な視野からの提言がなされ、それに引き続いて、小川正賢氏 (神戸大学大学院・教授) を司会として、野上氏と橋本健夫氏 (長崎大学・日本理科教育学会・会長) との対談が行われた。理科教育をめぐる諸課題が社会の中で注目を集めている昨今、今回の基調講演と対談の内容は、関係者にとって非常に示唆的なものであった。

研究発表の口頭発表部門では、3会場に分かれて、全11のセッションが運営され、授業研究、教材開発、実験開発、教員養成、テクノロジーによる学習支援、博物館連携などの幅広い内容に関する発表と熱心な議論がなされた。ポスター発表部門では、主に若手の大学院生・学部生を中心とした発表が行われ、午前、午後2回の責任時間 (各1時間) の中で、有意義な意見交換が随所にみられた。このポスター発表には、神戸大学の大学院生・学部生も多数が参加し、各自が修士論文や卒業論文として取り組んでいる附属学校との連携プロジェクト研究の内容を発表した。

学会における学術集会の企画・運営が社会貢献になるかどうかはわからない。それは研究活動そのものとも言えるからである。しかしながら、今回の支部大会では、これから社会に巣立って行くことになる若手の大学院生・学部生にも参加をオープンにしており、その意味では、学術研究の成果を社会に還元する一助となっているとみなすこともできる。

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なお、当日におけるプログラム等の詳細は、次のサイトに公開されている。

わたくしの社会貢献


船寄 俊雄

(所属: 教育・学習専攻 人間形成論講座、研究分野: 教育学)

わざわざ自らの社会貢献を語ることは面映ゆいし抵抗があるし、そもそも大学教員の社会貢献とは何かを議論する必要を感じるのであるが、どうしてもこれを書かなければならないので、ここは、社会貢献室が設定している具体的な評価項目にしたがって機械的に記述することでわたくしの責を塞ぎたいと思う。評価項目は10項目あるが、「学外への技術供与」や「特許」はわたくしには関係ないし、紙幅の関係もあるので、下記の4項目について概略を記すに留める。

1. 学会活動

1) 理事

  1. 日本教育学会 (2004年7月~)
  2. 教育史学会 (2001年10月~)
  3. 日本教師教育学会 (1999年10月~2007年9月)
  4. 日本教育史研究会 (1995年4月より世話人、2001年4月より代表世話人~2004年3月)

2) 編集委員

  1. 日本教育学会 (2002年1月~2003年12月)
  2. 教育史学会 (2003年9月~2005年7月)
  3. 日本教育史研究会 (1995年4月~2004年3月)
  4. 日本科学者会議 (1999年6月~2004年5月、2001年6月~2003年5月編集委員会委員長、2003年6月~2004年5月編集委員会委員長代行)

2. 学会大会、シンポジウム、セミナー等の主催および参画

1) シンポジウムへの参画

  1. 「大学における教員養成」と題し報告 (神戸大学創立90周年記念事業国際シンポジウム: 日本と中国の高等教育に関する国際比較研究)
  2. 「これからの教員養成を考える」と題し報告 (東京学芸大学教員養成カリキュラム開発研究センターシンポジウム「これからの学校教育と教員養成カリキュラム」)
  3. 「高等師範学校の存廃論争が今日の教員養成に示唆するもの」と題し報告 (広島高師設立百周年記念シンポジウム)
  4. 「日本における高等学校教員養成をめぐる問題と課題」と題し報告 (筑波大学での公開シンポジウム「高等学校教員の今日的課題と『高度な授業力』育成の戦略」)
  5. 「わが国附属学校園の歴史的性格」と題し報告 (全国地方教育史学会のシンポジウム「附属学校の史的意義」)
  6. 中部教育学会の公開シンポジウム「教員養成改革の動向と今日的課題-今後の教師教育をどのように展望するか」において、シンポジストとして“教員養成の歴史的経緯の視点から”報告

2) セミナー等の主催

  1. 〈コロキウム企画・提案〉教員養成史研究の課題 (教育史学会第39回大会)
  2. 〈ラウンドテーブル企画・提案〉教員養成史研究の課題と展望 (日本教育学会第55回大会)

3. 講演活動

  1. 「〈講演記録〉今、教育はどこへ向かおうとしているのか」、『ぱっちわーく』No.67、1999年、1~23頁
  2. 「〈講演記録〉『教育課程』の変遷を辿る」、学校図書館を考える・近畿編『教育が変わる、学校図書館を活かす』、2001年、53~65頁

4. 学外委員等

  1. 大学・大学院における教員養成推進プログラム選定委員会評価委員 (2005年7月5日~2006年3月31日)
  2. 資質の高い教員養成推進プログラム選定委員会評価委員 (2006年6月1日~2007年3月31日)
  3. 教員養成GP「高度な授業力育成のための授業開発」 (筑波大学大学院教育研究科) 評価委員会委員 (2007年2月1日~同年3月31日)
  4. 科学研究費委員会専門委員 (2006年1月1日~同年12月31日)
  5. 日本教育大学協会評議員 (2006~2009年度、2006~2007年度は第一常置委員会委員も兼務)

社会に貢献する人物になることが義務?


福田 博也

(所属: 人間環境学専攻 環境形成論講座、研究分野: 電気機器工学)

大学院の学生だったとき、日本学術振興会 (特別研究員-DC1) から研究奨励金の給付を、日本証券奨学財団から奨学金の給付を受けていました。前者は、言わずと知れた日本学術振興会が行う研究者養成のための制度、後者は全国の証券会社とその関係機関からの寄付により設立された財団法人が行う学生・生徒に対する奨学のための制度です。これらのおかげで、学生時代からの研究成果は以下のような特許として出願することができました。

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研究成果を特許として出願
  • [発明の名称] 磁気共鳴イメージング装置用電源装置 (特願平8-238097)
  • [発明の名称] X線管の管電圧制御方法及び装置 (特願平8-154434)

とりわけ日本証券奨学財団の奨学金は、専攻分野を問わない、給与で返還の義務がない、奨学生修了後の進路が自由である、など義務といったものは殆どなく、日々学業に励み、健康に留意し、奨学生のために行われる各種行事に出席して奨学生間の意識の高揚、親睦に努めれば良いとされていました。

神戸大学に教員として着任した後、日本証券奨学財団奨学生の修了者の同窓会である「証券奨学同友会」の神戸大学幹事 (奨学生選考が行われている26大学・大学院に各1名) を2002年~2008年の6年間にわたり引き受けることになり、現役奨学生との懇談会への参加をはじめ、証券奨学同友会員が活動報告を行う総会・懇談会の計画と運営、証券奨学同友会報の編 集などを経験させていただき、明示されていない奨学生の義務の存在に気付きました。「社会に貢献する人物になることが義務!」つまり、奨学生として選ばれ修了した後はずっと社会に貢献していかなければならないということだと…

現在、研究室では以下のような研究テーマに学生らと取り組んでいますが、

  1. 発光ダイオード (LED) を利用した様々な照明環境が人のストレス変化に及ぼす影響
  2. 日常生活において人の健康状態を簡易にモニタリングできるセンシングシステムの開発
  3. 温度や湿度などの環境要因がコントロールされた空間における植物生体電位の計測

これらの研究・教育を通して、日本証券奨学財団奨学生としての義務を果たすこと、つまりは社会に貢献する人物を育て次から次へと輩出していくことが、大学教員である私にとっての社会貢献だと考えています。

イギリス地方自治の学徒としての「社会貢献」


岡田 章宏

(所属: 人間環境学専攻 環境形成論講座、研究分野: 社会規範論)

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自治体職員との研究会で

私の専門を正確にいえばイギリス法である。聞き慣れない分野かもしれないが、その名のとおり、専らイギリスを対象に、日本とはまったく異なる法のあり方・考え方を、さしあたり地方自治という領域を中心に分析し検討するというのが、基本的な仕事といえる。文化も歴史も違う国のことであるから、入りやすそうにみえて、これが存外難しい。古いものが幾重にも積み重なり過去と断絶することなく、常に緩やかで柔軟な変化をとげてきたこの国のことであるから、眼前に拡がる事実を知ろうとしても、安直な観察などすぐにはねのけられてしまうのである。だから (「だから」というのは、いささか高邁な言い方だが)、社会科学を学ぶ自分としてならば別であるが、少なくともイギリス地方自治 (法) の一学徒として、今の日本社会に直接「社会貢献」をしようなどと考えたことはなかった。とにかく知らないことばかりで、人様に「貢献」するなどと考える余裕はなかったというのが本当のところかもしれない。

実は、そうした姿勢は今もかわらない。ところが、この10年ぐらい、少し状況が変わってきた。「バブル崩壊」後、わが国の地方自治体はどこも財政赤字に苦しみ、そのなかで、PFI、地方独立行政法人、指定管理者制度、市場化テストなど、新しい行政管理手法が急速に導入され始めたのである。通常、NPM (New Public Management) といわれ、民間企業の経営理念を行政現場に導入し、顧客主義に基づいて行政部門の経済性や効率性を確保する手法といわれるものである。そして、これらはいずれも、猛烈な経済の落ち込みが続く1980年代のイギリスで編み出された「苦肉の策」である。「苦肉の策」であるから、当然、矛盾も多く (例えば、「社会的排除 (social exclusion)」の事実は、この手法と密接な連関がある)、また「母国」での批判も強かった。

ところが、日本では、この手法について否定的なことは一切説明されることなく、あたかも財政赤字を克服する「万能薬」のごとく紹介され、一気に受け入れられてきたのである。だからこそ、地方自治の現場では、突然のごとく拡がったカタカナ交じりの新手法にとまどいの声があがることになる。それはいい制度なのか悪い制度なのか、そもそもそれはどういう内容をもった制度なのか、そうした疑問が私のようなところにも次第に寄せられるようになり、ともかく説明しにきて欲しいという依頼があちこちから届くようになった。あえていえば、それが、私のささやかな「社会貢献」の出発点といえる。

おかげさまで、そうしたつきあいはその後も続き、毎月2回程度、多くの地方自治体職員や議員と交流しながら、現場で起こっている様々な問題につき研究活動を行っている。もっとも、NPMが日常的な制度となった今、日本の地方自治、特にその現場の動きに素人である私にしてみれば、教えられることの方が圧倒的に多い。その意味では、こうした活動を「社会貢献」とよぶことはとてもできないのかもしれない。ただ、私としては、だからこそ楽しいし、今後も積極的に関わっていこうと考えているのである。

小規模学会の事務局という「社会貢献」


橋本 直人

(所属: 人間環境学専攻 環境形成論講座、研究分野: 社会環境思想史)

昨年10月以来、私はとある学会の「事務局次長」として学会運営の事務作業を担当している。学会の名は「唯物論研究協会」。30年以上の歴史を有するものの、会員数は300名弱、決して大きな学会ではない。哲学・思想を主な領域として現代社会を批判的に研究するというスタンスの学会で、研究・出版活動は盛んだが、何か直接に「社会に利益をもたらす」わけでもない。そんな学会の、しかもいわば「裏方」をつとめることが、いかなる意味で「社会貢献」なのだろうか。

しかも昨今の業績至上主義の風潮のもとでは、このような小規模学会は存続することすら決して楽ではない。大規模で有名な、できれば国際的な学会での研究活動の方が業績として高く評価されるとなれば、特に若い研究者ほど、より良い評価を求めて大規模な有名学会へと流れるのが自然の理であろう。かくして有力学会はますます拡大し、マイナーな学会はいよいよ淘汰される、「マタイの法則」が実現されることとなる。

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小規模学会の事務作業は手作業が中心

だが皮肉なことに、こうした風潮のもとでこそ、小規模学会が独特の存在意義を発揮する。というのも、このような状況の中で大規模な有名学会は業績獲得のための競争の場と化しかねず、その結果もはや大規模学会では素朴なアイデアや思いつきといったレベルの事柄について自由に、そして利害関心抜きに議論することがひどく難しくなってしまうからである。実際、議論する当の相手がライバルになる「かもしれない」となれば、誰が自分の「飯のタネ」を惜しげもなくさらけ出すだろうか。

いや、ことはなにも大規模な有名学会に限らない。不幸なことに、業績主義の横行は、特に若い研究者が利害抜きで自由に議論できる場を損ない、一種の内面的な孤独へと追い込む傾向をもっている。こうした状況で本当に必要なのは、「今こいつにこのアイデアを話して損にならないだろうか」などといちいち気遣わずにすむような、その意味で自由に議論できるような、「仲間」であるだろう。

現在の状況での小規模学会の存在意義 (のひとつ) はここにある。業績の獲得という点では「効率が悪い」かもしれないが、だからこそ利害関心抜きに、自由に、自分の考えていることをぶつけ、議論を交わす「仲間」が、お互いの顔の見えるような小さな学会でならば見つけられるのである。実を言えば、最初に名前を挙げた「唯物論研究協会」でも、このところ博士課程からODぐらいの会員がかなり増えてきている。その背景には、あるいはこうした事情もあるのではないか、と私は推測している。

初めは見知らぬ同士であった人々が互いを「仲間」と認め、自由に議論できる「コミュニティ」を形成するプロセスは、繊細かつ微妙な条件に支えられている。そこへ杓子定規な運営や規定を無造作に持ち込めば、まるで手のうちから卵を取り落とすように貴重な機会は失われてしまうだろう。小規模な学会が「仲間」との議論の場であろうとするならば、大規模学会と同じように学会事務を「合理化」するわけにはいかない (そんな財政的余裕もないのだが)。会員名簿を見れば顔が思い浮かぶような関係として学会を運営する必要があるのだ。

小規模学会の事務方としての活動が「社会貢献」であるとするなら、それはまさにこの意味で「コミュニティ」の存続に密接に携わっているからなのだろう。

編集後記

この人間発達環境学研究科・発達科学部社会貢献レポート第四集は、2005・2006・2007年度に刊行された発達科学部社会貢献レポート第一集・第二集・第三集同様、webで公開しているものを編集し、引き続き第四集として刊行されました。当初、社会貢献レポートをどのような観点で執筆していただくかについては、多くの意見があり、それらを一意的に定めることは困難でした。そしてそれは、「社会貢献」について当研究科・学部構成員が持っている価値観の多様さや、研究者としての価値観の多様さから生じたものでもありました。

本社会貢献レポートは、このような状況から、手探りの状態で執筆・公開が始まりました。しかしながら、価値観の多様さは、執筆していただく内容の多様さに反映され、刊行を重ねる毎に当研究科・学部構成員の社会での活動が豊かなものであることを知っていただける内容になりました。webで公開しているものを読まれた方から、執筆者に、その活動の詳細をお問い合わせいただいたこともあったと伺っております。

また、現在、大学に求められている研究・教育・社会貢献の中で、社会貢献とは何であり、どのように位置付くものなのかという問いに、本社会貢献レポートは示唆を与えるものになると確信いたしております。

人間発達環境学研究科・発達科学部社会貢献レポート第四集の刊行に際し、執筆者各位には、忙しい中、原稿をお寄せいただいたことに厚くお礼申し上げます。また、人間発達環境学研究科社会貢献室室員として協力いただいた、白杉直子先生、吉田圭吾先生、長ヶ原誠先生にもお礼申し上げます。そして、人間発達環境学研究科・発達科学部社会貢献レポートのweb公開にご尽力いただいた電子情報専門委員会の宮田任寿先生と大久保正彦氏、出版原稿を美しくデザイン・レイアウトしてくださった島印刷の野村裕樹氏に心から謝意を表します。

2009年3月31日

坂東 肇

人間発達環境学研究科 社会貢献室長